2009年11月25日水曜日

奈良集団強姦致傷事件で裁判員20人忌避のこと

 裁判員は選べるらしい。
 この裁判では、弁護側が被告に不利な判断をする可能性のある候補者ら計15~16人を避けたという。
 不利なというのは、強姦に対し強い嫌悪を示し、刑を重くする可能性があるということだ。
 つまり、刑が軽くなるように裁判員を選べるということを示したわけである。


 これは妙な話である。
 一般に、女性は強姦を重く見るだろうし、男でも娘がいたりすれば重くなるのではないだろうか。
 若い男性なら、強姦を軽く見ることもあるだろう。
 しかし、それは国民の総意とは程遠い。

 これが裁判員制度の実態だとすると、何の意味があるのだろうか。
 裁判員による正しい判断が、これまでの相場より重い刑となるのは裁判員制度が機能していることの証明である。
 相場通りの判決が出る方がおかしい。

 一番妙なのは、一審だけだということだろう。
 国民の意見であるならば、最高裁の合議の半数は裁判員とすると良い。
 全部とまでは言わない。
 そんなに重いのは嫌がる人が多いだろうから。


 私は法律の専門家ではないから、相場はなんとなくしか知らない。
 ハンムラビ法典的に言うと、強姦したなら、逆に強姦されるというのはどうだろうか。
 アメリカあたりのマッチョなゲイに強姦されれば、刑務所に入るよりずっと辛いだろう。
 いくばくかの金で雇うことができそうだ。
 分かり易いし、強い抑止力になると思うのだが、いかんせん法律というのは融通が利かない。

 女性からは男性器を切り取るという案が出そうである。
 男性から見ると大事なところだし、おしっこするにもないと不便なのだが、彼女たちはそう思わないだろう。
 なにしろ、生まれてこの方、ちんちんがなくても用が足せる人種なのだから。


 茶化しているようだが、こういう場合を考えて欲しい。
 殺人を起こした被告がいたとする。
 死刑反対と死刑賛成の人たちがいる。
 もし、どちらか一方になったら・・・

 一審だけだから問題ない、というなら、何のための裁判員制度なのだろうか。
 本当に意味のない制度だ。

 逆に言えば、そういう発言をしていれば外されるということにもなる。
 選考されるときに、「法律なんて関係ない、死刑!」と叫んでいると外されるだろう。
 いや、普通に追い出されるか。


 もし、国民に裁判というものを分かってもらいたいというならいい考えがある。

 裁判員制度のビデオがある。
 酒井法子でおなじみのビデオだ。
 あれをテレビで放送すればよい。
 かなりの数字を取るだろう。

 そういうことが分からないのだ。
 何やら映画化するなどというのもあるのに、せっかくオイシイのにお蔵入りにする体質なのである。
 頭が固いというか、お役所仕事というか、法律一辺倒というか・・・
 そのくせ、裁判員は選べるという不思議なところである。

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